PICK UP PLAYER 光田 浩二|RENOFA YAMAGUCHI FC

VOL.7「ふる里と歩む夢の道」

♯23 光田 浩二 KOJI MITSUDA

2010年シーズンMDP(6/20号)に掲載された記事です。

IMG_9442.jpg  山口生まれの山口育ち、生粋の山口人 #23光田浩二がレノファへ加入したのは高校を卒業した2008年。同年6月には19歳のチーム最年少ルーキーとしてリーグデビューを飾った。あれからちょうど2年、21歳を迎えたばかりのレノファきってのイケメンプレーヤーは勝負の3年目を送っている。

「もう3年目ですか、早いですね。年々、プレーヤーとしての成長を実感しています。前よりも周りが見えるようになったかな。」
加入1年目には地域決勝大会の舞台を含め、多くの出場機会を掴んでいたものの昨季は出番が減少。今季も開幕以降、メンバー入りすら出来ずにもどかしい日々が続いていた。
 そんな毎日の中「誰にでもチャンスはある。練習で良いパフォーマンスをすれば必ずチャンスが来る」そう信じて日々の練習に取り組んだ。
ただひたすらに、がむしゃらに。

 そんな光田にようやくチャンスが巡ってきたのは開幕から1ヶ月が経った5月の第8節新日石水島戦。
 今季初めてベンチで眺めるゲームには1600人もの観衆が訪れ、スタンドはオレンジ色の熱気で溢れかえっていた。ゲームが前半の終盤に差し掛かった時、初出場は思わぬ形で巡ってきた。#17戸高が負傷により交代を余儀なくされたのだ。ウォームアップのピッチを一気に上げながら心の中で叫んだ。
「来い!おれが行く!」

 あっという間の時間だった。「いつでも準備は出来ていた」と振り返る通り初出場を感じさせない堂々としたプレーで中盤を躍動、2l0の快勝に大きく貢献した。歓喜の真ん中で、自分自身のプレーに手応えと自信を噛み締めながら改めて気持ちを引き締めた。「これからが勝負」と。
 能力がある選手が揃うボランチのポジションは一番の激戦区。定位置確保へはその厳しい競争を勝ち抜く必要がある。それでも光田は敢えてボランチというポジションにこだわり、この激戦区に堂々と挑む覚悟だ。
「僕にとってボランチは一番合っているポジションだと思う。周囲の選手とのかかわりの中で、イメージを持ってその通りにボールを動かせた時が一番の喜びです。ボールを『止める、蹴る』という基本技術をもっと高めること、あとは運動量を生かして至る所に顔を出していきたい。ライバルは沢山いるけど譲るつもりは全くない。」

IMG_9613.JPG 普段は山口大学に通う大学生。授業やアルバイトに励む、その一方でサッカー選手としての夢を追いかける異色のプレーヤーだ。サッカー人生のはじまりは小学生の時。中学時代は現在のスタイルからは想像出来ないドリブラーだった。胸に「山高」の文字が輝くブルーのユニホームに憧れて入学した高校時代は主将としてチームを牽引、高校選手権を目指したが、その夢への扉が開かれることはなかった。
「このままじゃ終われない、おれはまだやれる。強くなれる」
悔しさと涙に埋もれながら次の夢を見据えた。
「夢の続きはレノファで」

 卒業後は県外の強豪大学へ進みサッカーをする選択肢もあったが、地元のチームで上を目指すことに魅力を感じてレノファへの入団を決意する。
「レノファのことは知っていたし、地元で一緒に夢を追いかけたいという思いからこの道を選びました。大学では順調に単位取得もしていますよ(笑)忙しい毎日ですけど他の大学生がなかなか出来ない挑戦や経験をしていることは間違いなく僕の力になっているし、やっぱりふるさとのためになりたいという思いが一番強いですね。その思いは入団してから年々強くなっています。友人や家族も応援してくれていて試合をよく見に来ています。でも、家ではサッカーの話はほとんどしないし、試合に来ることも全く言われないんですよ(笑)会場で僕が気付く、みたいな。サポーターのみなさんも僕らの声をかき消すくらいの声援を送ってくれているし、プレーや結果でその気持ちに応えたいですね。」

高校時代に毎日倒れそうになるまで走り込んだ道がある。
「あの日々が今でも力をくれる。あの道は夢の道。きっと『J』へと続いている」
そう信じて今日も走る。ただひたすらに、がむしゃらに。
ふるさと山口と共に。

♯23 MF 光田 浩二(みつだ こうじ)
1989年6月7日生 山口市出身
173cm・65kg 前所属:山口高校
チーム№1との呼び声も高いイケメンプレーヤーとして女性ファンも急増中との噂。運動量を生かした守備と攻撃参加を生かしてポジション争いに割って入る覚悟だ。故郷山口への思いは誰にも負けない。