VOL.6「左足に願いを。」
♯22 石原 正康 MASAYASU ISHIHARA
2010年シーズンMDP(6/6号)に掲載された記事です。
5月下旬、ある日のチーム練習後、悩めるレフティーはひたすらにゴールへシュートを打ち込んでいた。放つボールは美しく力強い軌道を描いて次々とゴールに吸い込まれていく。
#22石原正康、今季は2得点を奪っているものの、事実、彼自身は猛烈な物足りなさを覚えている。プレーに、結果に、自分自身に。だからこそ練習をする。
「僕には左足しかない。」
石原がサッカーを始めたのは小学4年生の時。自分の利き足が左ということに気付いたのもこの頃だ。中学、高校でもサッカーを続けたが、競技志向が強くないチームにとって全国大会は無縁の世界。石原自身も高校卒業後はサッカーを離れ、服屋でアルバイトに勤しむ日々を送った。
「当時は絶対勝つとかそういう思いでサッカーをやっていませんでした。同等のチームと練習試合をやって公式戦ではボコボコにされるレベルです。卒業後は普通に働いて、たまに草サッカーをやる、みたいな生活です。2年くらいですか。でも、だんだんと日常が物足りなくなってきて…じゃあ何をやるかって考えると『おれにはサッカーしかないな』って。それで人に話を聞いたり調べたりして、勢いでブラジルに行きました。」
全財産を握り締めて渡った地球の裏側は、石原にとって実に新鮮で「サッカー選手になる」という夢が明確になった場所だった。あらゆることを次々と吸収し、次シーズンの契約の話をもらうまでに成長。しかし、クラブのトラブルに巻き込まれ契約は破談に。「まぁ、あっちではよくあるパターンです…(笑)」
その後は日本で3チームを渡り歩き、2009年シーズンを前にレノファ山口に入団した。入団した昨季は後半戦から頭角を現し、チームを活性化。ゴールも奪った。今年に懸ける意気込みは人一倍強い。
「今まで色んなチームでサッカーをやってきたけどレノファって本当にサポーターに愛されている良いチームだなって思います。そういうチームでサッカーをやらせてもらえていること、たくさんの応援をもらえることに対しては感謝の気持ちしか見当たらないですね。僕は幸いにも温かい言葉をかけてもらうことも多いし、その気持ちに結果で応えるしかない。今年は色々環境が変わって、日に日にチームは強くなっていると実感できます。でも僕らよりも今年はサポーターのみなさんの方が成長のスピードが速い(苦笑)一緒に強くなっている喜びの反面、サポーターには負けられないですよ。」
ドリブル、パス、シュート…石原のプレーのほとんどが左足で始まる。熾烈なチーム競争を勝ち抜くために日々その武器に磨きをかける石原、成長への欲求はとどまることを知らない。
「レノファには高校や大学、Jなどの高いレベルでプレーしていた選手がたくさんいるけど、無名高校の無名選手の僕がその中でサッカーやってることって何だか不思議…というか新鮮です。学ぶことが沢山あって今はすごく満たされた毎日だと感じています。メンバーにも入れて試合にも出場してあとは…やっぱりゴールですね。ゴールが欲しい。何事もふとした『きっかけ』で人生や状況が大きく変わることってありますよね。それが僕にとってはゴールかなと。タイミングや運も大事な時があるけど、それらを手繰り寄せるための努力はしていきたい。」
今季の石原は前半戦全試合にメンバー入りを果たし、緊迫した試合での起用も多いものの、納得のいく結果を出せないでいる。昨季からホームゲームでのゴールもゼロ。待望のホーム戦初ゴール、そのたった一つのゴールが石原覚醒の『きっかけ』になるのかもしれない。
「途中から出場する時の監督からの指示は『点を取ってこい』だけです。たまに緊張もするけど、緊迫した試合で『ここで決めたらヒーローだ』なんて想像したらワクワクしちゃいますよね。ゴールを決めたら、まずはサポーターの所にダッシュします。その時は最高のコールで迎えて欲しい。それでそのまま行っちゃいましょう、JFLへ。」
石原は長らく続いた居残り練習を切り上げた。
そして、最後に放ったこの日一番のシュートの感触を思い出しながら自分に言い聞かせた。
「僕には左足がある。左足で人生を変える。」
♯22 MF 石原 正康(いしはら・まさやす)
1983年9月28日生 愛知県出身
172cm・66kg 前所属:カマタマーレ讃岐
左足のプレーが真骨頂。その一方で陽気なキャラクターがチームメートやサポーターからも愛されている。
公式ブログ「レフティーモンスターと呼ばれたい日記」も絶賛公開中。

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