PICK UP PLAYER 碇野 壱馬|RENOFA YAMAGUCHI FC

VOL.2「もう一度、この場所で。」

♯15 碇野 壱馬 KAZUMA IKARINO

2010年シーズンMDP(4/18号)に掲載された記事です。

IMG_3934.JPG いよいよ開幕した2010中国サッカーリーグ。JFLへの再挑戦に燃えるレノファ山口にとって頼りになる選手が入団した。
背番号15、碇野壱馬。彼にとって山口は第2の故郷。JFLへ昇格するため、一回り成長した碇野が再びこの地へ降り立った。

 「もう一度山口でサッカーするなんてね(笑)」入団直後、感慨深く話す碇野にとって山口での挑戦は2度目。1度目の挑戦は高校時代にまで遡る。
 出身は広島県福山市。中学卒業後は高校サッカー選手権を目指して多々良学園へ越境入学した。入学直後から頭角を現し、1年生にしてスタメンの座を掴むと数々の全国大会で活躍。多々良学園の黄金時代を創り上げた。

 その後、長野県の大原学園を経て、日本一の激戦区と呼ばれた北信越リーグの強豪「AC長野パルセイロ」へ入団。ハイレベルな選手が揃い、毎年JFL昇格候補に挙げられながらも結果が出ない現実を味わった。昇格を果たすその厳しさは誰よりも知っている。
「本当に厳しいリーグでしたね。いい選手が揃っていても勝てなきゃ意味がない。」
 レノファが昨年、苦杯を舐めさせられた松本山雅(現・JFL)との長野ダービーでは1万人を動員し、その街の熱気を肌で感じた。 しかし、迎えたシーズンオフには自らチームを去ることを決断。いくつかの選択肢の中からレノファへの入団を選ぶ。
「レノファの存在はずっと知ってました。知っている選手もいますし。長野を辞める事を考えた時に『レノファで』っていう思いは強くありましたね。上に行くチャンスがあるチームだと思っていました。そして何より山口は僕が高校時代を過ごした場所なので。」

 思い出の詰まった山口。そこで待ち受けていたのは思いもしなかった再会だった。
「月岡監督ですね。中学時代の県選抜でお世話になりました。広島の友人に『レノファを受ける』って話したら『監督が月岡さんになるらしいよ』って聞いて。だからセレクションの時は『本当だ』って感じでしたね(笑)。」
 運命の糸に手繰り寄せられたかのような山口での再挑戦、この地で迎える2010シーズンに確かな手応えを感じでいる。
「レノファはすごくいいチームだと思う。監督と選手の間に良い意味で壁が無いし、意見をしっかり聞いてくれたうえで、答えてくれる。目指すサッカーや指示も分かりやすいですしね。選手もみんな気さくですぐに溶け込みました。僕があんまり人見知りしないせいかな(笑)」

IMG_3677.JPG 本人曰く「玄人好みの選手」。サイドバックやボランチのポジションでしっかりと守備から入り、長短のパスを使い分けながら攻撃に参加していく。決して派手なプレースタイルではないが優れた守備力と判断力は大きな力となりチームを支えている。
 チームで同サイドのコンビを組むこともある#16田村は多々良時代からの1つ下の後輩にあたり、もはや旧知の仲。もちろん相性は抜群だ。最強のコンビネーションでサイドを支配する。

「レノファは上に行くチーム。選手、スタッフ、そしてサポーターの力を加えてJFLを掴む。」

輝く青春時代を過ごしたこの場所で、再会を果たしたかつての恩師と仲間。
5年の時を経た今、「昇格」という夢に向かって
碇野の時計が再び動き始めた。


♯15 碇野壱馬 (いかりの・かずま)
1986年5月31日生。広島県福山市出身
170cm・66kg
DF・MF
前所属:AC長野パルセイロ
守備的なポジションならどこでもこなす。守備のスペシャリスト。期待の新加入としてレノファをJFLへ押し上げる。